食べログのランキング操作業者の問題が世の中を騒がせています。事件発覚後、テレビのニュースや新聞報道で集中的にこの話題がとりあげられたことによって、まるでインターネット時代が生んだ新手の犯罪のように扱われました。特に「ステルスマーケティング=ステマ」という耳慣れない言葉の広がりにともなって、「ネット上の情報なんていうものは、そもそも信頼性に乏しい」「ネットの世界はデマの温床」など、ネガティブはコメントが飛び交うこととなりました。
口コミでブランドの評判を広めたい。草の根的なヒット商品を生み出したい。良い噂をどんどん拡散することで売上アップを図りたい。ようするにコマーシャルの大量出稿に頼らない方法で自然に情報を広めていくという奇跡のようなサクセスストーリーの達成は、商品を開発し売り出すメーカーやそれを手助けするマーケティング担当者にとっては、永遠の夢です。
この夢はインターネット以前の広告及びマーケティング業界では、非常にハードルの高いテーマでした。なぜかというと、そもそも伝言ゲームのための情報インフラがありませんでした。それがインターネットの時代になって、なおかつソーシャルメディアがパワーを持ってきた今日では、ついに口コミは自在にコントロールできる時代になった! というまことに都合の良い解釈が生まれてきたようです。昔はやりたくてもどうしても出来なかったことが、今は環境が変わったからどんどんやってしまおう。私は状況に、なんだか復讐っぽい負のパワーを感じてしまいます。
たしかにソーシャルメディアを活用すると、ネットユーザーひとりひとりの情報収集能力と発信能力が格段に向上します。既存メディアのニュース配信やプロフェッショナルのコメント、友人・知人との情報交換によって、かつてないほど大量で多岐にわたる情報を入手できるようなりました。そして自分が得た情報の拡散や自らの意見表明も、リツイートや“いいね”やシェアによって、速やかに広範囲に展開可能です。
ようするに私たちには「メディア」としての機能が備わり、それが日々強化されているわけです。つまり自分たちが意識しなくても、インターネットが普及しソーシャルメディアの利用者の数が増えれば増えるほど、私たちのツイッターやフェイスブックの影響力が相対的に拡大してきているからなのです。
しかし一方で、私たちの知識や意識の方はどうでしょう? リアルの世界で実際に他人と接している際の、賢明な判断や冷静な大人の対応を果たして私たちはネットの世界でも出来ているでしょうか?
インターネットの中だからといって、相手の顔が見えないからといって、大人気ない行動をとったり、必要以上にはしゃいだりしていないでしょうか? 昼間に街を歩いている時には絶対にしないような行為をネットの中だとついついしてしまう。冷静に考えればそんな事おかしいとわかるのに、ネットに書いてあるとなんとなく信じてしまう。
まさかこんな大事になるとは思わなかった。
ネットの世界ではこの“まさか”が日々起きています。これは私たちの意識の変革がネットの世界の変革についていけていないという証なのです。私たちがネットを活用することで持ちえる能力の停まらない拡張に、私たちの経験から学んだ常識が追いついていない。そして当然ですが、そういうことは学校では教えてくれない。
かつて、ティム・バーナーズ=リーがいったように、ネット上の情報は使う人の意識次第で有益にも有毒にもなります。全てが発信する人と受け取る人の「知能」と「心」に由来するものです。
今回問題になった、食べログのランキング操作も、さらに最近話題に上ってきたヤフー知恵袋のやらせ投稿も、冷静に読んで検証すればどこか不自然で何かしっくりこない。例えばこれが価格.comの本体の掲示板だったら、「おたく、メーカーの回し者じゃないのか!」とクレーム投稿がつきそうな部類だと思います。
ネットを活用することで実現する事象の本質を理解し、ネット上で起きていることを自己の理性に照らして、あるときは信頼しあるときは疑う。これって日常生活ではいつもやっている判断ですよね。ようするにネットの進化に追いつくためには、自己の人間性を磨く以外に道はないと私は思っています。